動物たちの気持ちを考える

当サイトでは「市民の視点」と言うニュースがあります。国や行政、官僚、役人だけの視線ではなく、使う側、買う側の市民~消費者の視点で物事を捉えようと言った主旨のものです。

しかし、その原点には、人間ではなく、声鳴きものである動物から見た視点がありました。
その発想が持てた事から、全てが広がったと言っても過言ではありません。
人間特有の言葉は持っていなくても、心は持っています。
彼らの声を代弁しなければいけない…
人間に良心があるのなら、当然、自然の事なのでしょう。
動物や自然に一方的に癒してもらうだけの存在であってはいけません。

初心忘れるべからず…の精神で、今回から「動物の声」と言うコーナーが新たに始まりました。
様々な動物問題を勝手な人間の視点からではなく、できるだけ動物の視点に立って記事や動画を配信できればと思い作ったものです。
皆様の回りでも、気になる動物問題があれば、メールで送って下さい。

当会員(無料登録会員も有料登録会員)も、かなり新しい人が増えましたので、
初回は、弊社代表が2007年度の第2号AS oneに掲載した記事から、動物問題を考えて行きたいと思います。

その動機…「犬について」

東京で生まれ、3歳で大阪に行き、4歳で鳥取に預けられ、7歳でまた大阪へ・・・幼くして母親を亡くした私は小学校1年生の3学期に大阪へ転校して来ました。
父親との2人暮らしが始まりましたが、父親には暴力癖があり、そのうえ結構家に帰って来ない事が多かったです。1日、2日は当たり前で、長い時には数ヶ月間も…
それ故、頻繁に水道・ガス・電気が止まりました。まともに食事もとれず、7歳の子どもには正直とても辛かったです。

今日は帰って来る、明日こそは帰って来ると言う望みを持って毎日、近鉄線の花園駅で父親の帰りを待ちました。夜の8時から終電まで・・・電車が駅に着くたびに大勢のスーツ姿の大人が降りて来る・・・
その人混みの中に父親がいるのではないだろうかと、必死に見上げながら大人達の真ん中へ走って行く・・・
終電を見送った後は、電気の点かない4畳半の汚いアパートには帰りませんでした・・・恐かったから・・・
朝まで近所に住みついた、野良犬3匹と遊んでいました。

その時だけ、孤独も飢えも忘れる事が出来ました。
野良犬が幼い私を遊んでくれました。本当に嬉しかった・・・本当に幸せでした・・・ある日いつものように終電後、犬達と遊んでいました。
学校給食の残りのコッペパンを5個もらって来ていた私は、3匹の犬に1個づつあげました。2個残りました。
もっと頂戴、もっと頂戴と3匹の犬にせがまれましたが、残りは自分が食べたいものだから、暗い部屋に逃げるように帰ってしまいました・・・

朝方、玄関先でうたた寝する私の耳元に微かにキャンキャンと言う声が聞こえました・・・
昼過ぎに表の広場に出て行きました。
いつもならいる3匹の犬達がいません・・・

その朝、近所から野良犬処分の通報があり、行政の手によって駆除されたと、直接通報したオバサンから聞きかされました・・・
「あんな汚い犬、もういないよ!」と吐き捨てるように言われました。
3匹とも針金を首に巻かれ首吊り状態で川の中に吊るされたそうです・・・
窒息死だったのか…何なのか・・・

元をただせば、なんの甲斐性もない、責任も取れない子どもが、寂しいから、犬と遊びたいから、と言う理由でパンをあげた事が原因の発端です・・・
そんな事をしたから、その周辺に犬は無邪気に住み着いてしまった・・・

幼い私を、あんなに癒してくれた犬達・・・
孤独な私に、計り知れないほどの勇気を与えてくれた犬達・・・
その犬達を私は助けてあげる事が出来なかった・・・
それどころか、この現状を作った根本は、無意識の内に餌付けをしてしまった私にあるのです・・・

もし、あの日が最後と分かっていたら、「コッペパン」ぐらい全部あげたのに・・・
もし、あの日が最後と分かっていたら、「ありがとう」を何万回も言ったのに・・・
あの日から私は償いきれない罪を背負ってしまったのかも知れません・・・

そしてあの日から私は、犬や猫に安易に触れる事ができなくなりました・・・

「自分には何ができる・それぞれの役割」

私が20年ほど前に、某報道局に入社した時、報道の花形と言われる政治・経済部や国際部より、「動物問題、環境問題を専門にしたいです」と言ったら、お偉いさん達から「男が動物問題を扱うのか?環境問題を扱うのか?珍しいな」と、半ば笑われました。まだそんな時代でした。

しかし私にはなんのためらいもありませんでした。
私に出来る事は、報道・テレビ・紙媒体などのメディアを通して「どうか飼ったイヌを捨てないで下さい」と言う揺るがないメッセージを多くの人に投げかける事でした。
何百回も捨て犬問題の取材を重ねました・・・
そして今も、今後も、その想いは変わりません・・・