【一般無料】うちの子はペットか?(どうぶつの声)

・差別意識が生んだ悲劇
・子どもとどうぶつは時代の被害者
・肉食と犯罪がなくならない理由

先日、兵庫県姫路市の私立認定こども園「わんずまざー保育園」で不適切でずさんな保育実態がニュースになりました。
それは酷いもので、子どもを持つ親として許せるものではありませんでした。

この園は、認定子ども園でありながら、定員を遥かに超える園児を無許可で受け入れており、助成金を不正に受け取っていました。
更には保育士の数も水増し申請をし、更なる助成金を国から騙し取る始末。
圧倒的に数の多い子どもに対して、保育士が不足しており、保育指導は全く行き届いていませんでした。

ショッキングだったのは、子ども達の給食の量。
育ち盛りの0歳~5歳児の食事がスプーン一杯程度。
園長は、園児68人に対して40人分の給食しか発注しておらず、その為一人当たりの食事が極限まで減らされていたのです。

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(ある日の給食)

0歳児の食事は、「どうせ食べたら一緒」という事でおかずもご飯も一緒くたに同じ器に入れて出されていました。

更に園内は冷暖房を付けず、この寒い冬の間も室温はわずか14度だったと言います。
子ども達が寒そうにしていても暖房は付けず、保護者の迎え時のみ、スイッチオン。
こうして巧みに保護者を欺いてきました。

このニュースを見て、本当に子どもが不憫に思えました。
小さな子どもは何かあっても、それを自分の言葉でうまく親に伝えることが出来ません。
まして0歳~1歳は話すことも出来ません。
ただ、大人の言う事を黙って聞くしかできない無抵抗な子どもに対して、この園がした事は犯罪以上に罪が重いです。

そして21日、保護者に対する緊急説明会が開かれましたが、そこでは冒頭から保護者からの怒号が飛び交いました。

保護者「ウチの子どもはどうぶつか?!ペットか?飼育か?!」

保護者「猫の飯やぞあれ!」

保育士「子ども達に悪いのはわかっていたが、言い出せなかった」

保育士「申し訳ないと思いながらも園長に従うしかなかった」

この後も保護者からは、子どもの扱いの酷さや園の体制についての質問が延々と続きました。

今回のこの事件,皆さんは何を感じましたか?
これはただの保育放棄でもなく、助成金詐欺でもなく、幼児虐待でもなく、パワハラでもありません。

これは起こるべくして起こった事故、私達の「命に対する価値観の失墜」が生み出した現実ではないでしょうか。

勿論、園長の人格問題や、倫理観の欠落などいろいろ問題はありますが、これは保護者にも責任があったという可能性も否定できません。
というのも、子どもの体重が一年近く増えない事を認識しながら、何の手立ても調べもしなかった事。
毎日お腹を空かしている事や、寒い思いをしていることなどは、コミュニケーションをしっかりとっていれば親ならもっと早くに異変に氣付けたかもしれません。
手を握れば体が冷え切っていることにも氣付けます。
一緒にお風呂に入れば痩せていることにも氣付けます。

どれだけ子どもの心の声に耳を傾けるかによって、防げる事故や事件は沢山あります。

何より私が氣になったのが、被害者(一般的には)である保護者のこの一言です。

「ウチの子どもはペットか?!」

これを言われた時は大変残念な氣持ちになりました。
この言葉さえなければ、この事件に対してももっと違う見方が出来たかもしれませんが、非常に残念でした。
この何氣ない一言からは「どうぶつなら良いが、自分の子どもにはするな」という人間都合、もっと言えばとても利己的な考え方が垣間見えます。

こちらにはしてもいいが、こちらにはしてはいけない。
この差別意識は何もどうぶつに対してだけではありません。

ウチの子はいいが、よその子はダメ。
日本人はいいが、外国人はダメ。
こちらの差別はダメだが、こちらの差別は良い。
こちらの虐待はダメだが、あちらの戦争は仕方ない。

私は人間の意識は一つだと思っています。
故に、一つの差別をする意識は、この様に芋蔓式に四方八方へ連鎖していくのです。

そして、差別をする者は、差別される。
それは自分だけの問題ではなく、自分の家族や大切な人にまで降りかかります。
これはカルマの法則でもあり、「殺める者は殺められる」事と同じであると言えるでしょう。

今回の被害者は保育士や保護者ではなく、子ども達です。
園長も、もしこれが自分の子どもなら、絶対にこの様な仕打ちを与えなかったでしょう。
所詮他人の子どもだから良い、という差別意識が根底にあったからです。
保育士の皆さんも辛かったとは思いますが、では、自分の子どもが目の前で同じことをされていても泣き寝入りして同じ事が言えたでしょうか。

今、数々の社会問題やどうぶつ問題を見ていると全てに共通している事は「利己的な価値観」と「差別意識」から起こっている事が多い様に感じます。
自分さえ良ければいいという考え、他者を思いやらない身勝手さが、肉食やペット問題を生み出し、自分の家族さえ良ければいい考えが今回の様な事件を生み出します。

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どちらにせよ、この様な場合の被害者は「子どもとどうぶつ」なのです。
言葉をうまく話せず、力と権力に逆らえず、ただ大人達の言いなりにならないといけない弱い立場の彼ら。
だからこそ大人が守らないといけないはずなのに、その大人が先頭に立って「命の差別」をしている現実。

幼児虐待とどうぶつ虐待は、その対象物が違うだけで全く同じ事であるといいます。

大人である私達が自らの心の在り方を見直さなければ、子どもの犠牲も減らないのでしょう。

利他の心をもつ大切さ。
しかし、「利他」の本当の意味は「自分以外」ではありません。
人間である私達は同じ人間同士を思いやるのは当たり前で、人間同士の思いやりは何処までいっても実は「利己」なのです。

本当の利他は、人間以外の者に対する思いやりの心を言います。
どうぶつや虫、草木や自然に対する優しさ。

親である私達が本当の意味で利他の心を持たないといけない、そんな当たり前の事を思い知らされた今回の姫路での事件でした。

小田奈々


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