戦後の情報操作で日本人は白米を食べるようになった…!?
その内容とは…
みなさん、朝食はご飯ですか?それともパン食ですか?
こうした質問は、日常会話でもたびたび聞くお話ですね。
ご飯かパンかを聞くのは話題に上がるかもしれませんが、
あなたの家ではご飯は玄米ですか?白米ですか?という話題が出るのはまだまだ少ないのではないでしょうか。
それは、玄米はふつう食べないのが当たり前という習慣があるからだと思います。
けれど、玄米は日本古来の食べ物で、近代まで食べられていました。
実は、今白米を食べているのがふつうではないことで、玄米を食べることが当たり前の日本でした。
戦後になぜ玄米から白米に主食が変わってしまったのかは諸説ありますが、今回はその中の一説をご紹介したいと思います。
玄米から遠ざかることになった理由ですが、以前の記事でもご紹介したように、江戸時代までは玄米を普通に(江戸の人以外)は食べていました。
なぜ玄米から白米に変わったのか。
それは、玄米は炊くのに白米のおよそ倍の時間がかかるからでした。
つまり、マキ代といった、光熱費が高くついたためです。
終戦時、白米より玄米のほうが栄養価が高いのは当時の方もわかっていたそうですが、炊飯に要する熱を確保できなかったため、早く炊きあがる白米の方が食べられるようになりました。
何せ、戦後は物がなかったと言われていますので、今と違い、電気で炊ける炊飯器もないですし、電気設備も整っていません。
電気だけでなくガスもありませんでした。
もちろん、石油や石油コンロもなかった時です。
限られた燃料で炊事を行う必要があったため、当時、手間はかかりましたが玄米から白米にする行為を手動で行っていました。
皆さんもご覧になったことがあるでしょうか。
今ではあまり見かけないですが、一升瓶に玄米をザーッと入れて、細い長い棒(はたきの柄など)で玄米をつつきます。
つついているうちに、糠(ぬか)の部分がはがれてきて、だんだんと白米に近づいていきます。
今みたいに完全に白米にはなりませんが、白米に近い状態にはできていました。
糠を落とした分燃料が節約できます。
こうして、戦時、戦後をしのいでいたそうです。
つまり、玄米は炊飯したくてもできなかったのです。
こうして、現代人は白米に食べ慣れてそのまま白米を食べる習慣が根付いてしまったようなのですが、原因はそれだけではありません。
玄米が体にいいという研究者や学者が当時はもちろんいたのですが、そうした人たちの訴えは排除されてしまっていたそうです。
情報操作がこの時からされていたようです。
白米に食べ慣れていたけれど、光熱費の心配がなくなってからも昔のような玄米を食べる食生活に戻らなかったのは、玄米の良さを訴えている人たちに圧力がかかり、市民にその情報を浸透させなかったことが大きな原因ともいえます。
なぜ白米を進めたかったのか?なぜ玄米を食べさせたくなかったのか?
それはまたいづれお話したいと思います。
川野 ゆき