マルコ・ブルーノ様

日本に住んでいる素晴らしい外国人の方はたくさんおられると思います。

そんな中で、私が知っている素晴らしい人に、マルコ・ブルーノさんがいます。
そんなマルコさんの紹介をします…

マルコさんは、オーストリアで生まれ、柔道をきっかけに一度来日し、その後20歳の時来日して以来、豊富な才能を発揮し、CMとレコードの作詞作曲をしました。

マルコさんが作った歌を知らない内に口ずさんでいる人も多いはずです。

その才能はテレビに留まらず作詞家としては映画「ナイル殺人事件」の主題歌でゴールデンディスク賞を受賞したほどです。

映画「男はつらいよ」での、寅さんウィーンに行くではマルコさんがコーディネーターです。

また、翻訳、童話、新聞連載の執筆、抜群の腕前を持つ写真家としても活躍するマルコ・ブルーノさん。
日本人より日本語を知り尽くし、落語に対しての知識の深さには舌を巻きます…

自動車と大型バイクの運転はプロ同様の凄さ。そのスピードの出し方も凄まじい…
それでいてケンカが強い。

でもでも、マルコさんの本当の素晴らしさは、華やかな経歴以上に、人間として海のように深い優しさにあります。しかも動物愛が…

日本人がするべきことを率先して頭が下がるような行動を力強く繰り返されています。
現在もボランティアとして捨て犬捨て猫問題に取り組んでいます。

マルコさんが立ち上げた動物愛護支援の会の代表としても活発に行動されておられます。

ここで、あるインタビューを引用します。

人と犬の明るい未来を作るプロジェクト ONE LOVE

日本では年間に53,268頭もの犬が殺処分されているという実態があります。
(平成22年度 環境省発表)
この現状に対して1頭でも多くの犬たちの命を救うために、動物保護団体への寄付や飼い主さんへの啓発、保護犬文化向上のための支援に取り組んでいます。

1人ひとりの小さな“ONE LOVE”を集めて大きな力にするために、私たちに出来ることから始めませんか。

ONE BRAND(以下、O.B.) マルコさんが感じる日本とヨーロッパの違いは何でしょうか?

マルコ 日本はどこでもペット禁止でひどいですね。例えば区役所へ何か書類を出しに行くだけのことなのに、犬連れではいけない。

それでいて、役所の作ったポスターを見ると、『ペットは家族の一員です』って書いてある。その下には『犬はつないで飼いましょう』って、意味がわからないですよね。「お前ら何言ってるんだっ!」って言いたくなりますよ。それに日本では、ブランド物のバッグと同じように、犬も流行があるでしょ?それはもう、なんて言うの…上辺だけの愛情なんですよ。

ヨーロッパではそういうことはほとんどないですからね。私の友人が向こうで犬を飼ってますけど、みんな自分の意思で自分の好みで犬種を選ぶんですよ。

ペットショップでの生体販売は禁止されているから犬を買うなんて出来ないし。犬が欲しくてブリーダーの所に行っても、ヘタすると断られるんです。

ブリーダーがものすごい強気なんですよ。もう一つの方法は、地元の動物シェルターからもらいうけることだ。それもまたシェルターの条件がかなり厳しい、誰にでもあげない。

O.B. ブリーダーは自分が大切に育てている犬が産んだ犬だから、ってことなんでしょうね。

マルコ そうそう、自分の飼ってるお父さんとお母さんの子どもをね、やたら誰にでも売っちゃうっていう人はほとんどいないですよ。

O.B. それで動物愛護の活動を始められたんですか?

マルコ 始めたのはもう25年ほど前、足立区に引っ越ししてから。
当時の足立区は動物問題に関して東京23区内のワーストワンだった。

10年以上も前に、ある新聞から荒川河川敷についての取材を受けたんです。河川敷にはすごく捨て犬捨て猫が多いんですよ。他のペットも・・・ニワトリ、ウサギ、ヘビ、イグアナ、当時はなんでもいました。

引越しするからもういらないって放り投げられて、そこでみんな死んじゃうという実態についてお話したんです。そうしたら、伊藤榮子さんという女優さんが私の記事を読んで、ぜひ会いたいと連絡があったんですよ。それでお話を聞いてみると『山梨』のことだったんです。

O.B. 山梨というのは、マルコさんが『犬捨て山』として世に知らしめたあの悲惨な多頭飼い崩壊現場のことですね。

マルコ そうです。メッチャクチャな状態で自分ひとりじゃ太刀打ちできないから助けてくれという事で、初めて彼女と一緒に行ったんですけど、びっくりでしたよ。

えさも足りないから餓死にしたり、そこら中で子犬だらけ、母犬が栄養失調だから産まれて2~3日で死んでしまっていて。それを全部写真で撮ったんですよ。

正直言ってそのときには、「あぁ、オレなんで日本に来ちゃったのかな」と思ったね。そんな状態で400頭以上の犬がいたんですけど、お陰さまで現在は82頭まで減ってきました。

今は犬もみんな自分の部屋があってあったかいし、つながれてる犬は一匹もいないし。今の環境が理想ではないけれど、かなり良くなりました。

数年前、現地の責任者として住みついた小林さんのお陰、それと5、6年前から地元の帝京科学大学の学生たちがサークルを作って、毎週のように散歩したりお世話してくれてるんです。

すごく偉いですよね。そういう若い人の爪の垢を煎じて大人に飲ませてやりたいですね。

O.B. 本当に頭が下がります。マルコさんにも、学生の皆さんにも。そういう活動を通じて動物愛護支援の会を立ち上げられたんですね。

マルコ 会が必要だと感じたのは、行政と話し合うためなんです。最初は足立区の区役所と保険所へ荒川河川敷の写真を持って行って訴えたんです、「あんたたちの庭先はこんなザマだよ」って。

そしたらね、「貴重なご意見、誠にありがとうございます。前向きに検討させていただきます。」ってね。すっげぇバカにされた感じがしました。

その時に、個人ってそういうもんなのかって思ったんですよ。それに日本の政治もそうじゃないですか、数の論理ばかり。じゃあこっちも数でやろうじゃないかって事で、この会を作ったんです。

年会費のない日本では珍しい会ですが、お金より人数。今では全国で1,400人以上の会員がいて、私はマスコミにも強いでしょう。それで役所へ行くと、態度がコロッと変わっちゃうんですよ。

(引用終わり)

…とインタビューは続きます

私はマルコ・ブルーノさんを心より尊敬申しあげます…

以前、マルコさんより一通のお便りがきました。

そのお話をして終わりたいと思います。

『今年の9月2日、10年ほど前に里親にもらわれた一頭のワンちゃんが亡くなりました。名前はもみじ。
私が始めて山梨の現場を訪ねたときからいました。

3~4才のどこにでもいるような日本犬の雑種でしたが、初めて目と目があった瞬間、何か特別なものを感じました。あれから救済活動のため現地を尋ねるたびに、大喜びでしっぽをバタバタふりながら、笑顔で私を迎えてくれました。

そして毎回、 現地の作業が終わろうとすると、笑顔がだんだん悲しい表情に変わっていきました。
「もうちょっとの我慢だよ、必ず助けてあげるよ!」と言って複雑な気持ちで東京へ帰っていきました。

当時の里親募集はまだネットではなく、チラシでの募集活動であったため、載せるワンちゃんたちの数には限りがありました。

ほかのワンちゃんたちが次々決まっていく中、もみじを希望する里親はいませんでした。
そして決まらないまま3年以上がたちました。

「もういいよ、我が家で迎えることにしましょう」と決心した矢先に、とても優しい親子がもみじを是非下さい、我が家へ尋ねてきました。嬉しいやら寂しいやらという想いを抱きながら、もみじを新しい家族のところまで届けました。

・・・・・・・・・そのもみじが亡くなりました…

里親になっていただきました親子と一緒に火葬場へ行って、最後の別れに立ち会いました。

「もみじ、さようなら… …」

翌日、我が家の屋上の花に水をあげたところ、突然、綺麗な蝶々が現れました。
えッ!? こんな時期に蝶々?珍しいね… …、蝶々は私のすぐそばで2~3回ほど飛びまわり、そして目の前の枝に止まりました。

目と目があった瞬間、「ありがとう」と聞こえた気がしました。マサカ!もみじ?
金縛りになったように動かずにこの綺麗な蝶々を見つめたところ、フッと飛びたってしまいました。
信じられないような出来事でした。

でも確かに、この蝶々はもみじでした。
そうだ、もみじは蝶々に生まれ変わり、私に別れの挨拶と「ありがとう」を言いたかったに違いない。

あらためて、「もみじ、さようなら… …」と思わずささやいてしまいました。』


このお便りに私は痛く感動しました。もみじは、どんな感想で一生を終えたのでしょうか、前半は人間に裏切られ捨てられた地獄の半生だったのでしょうか…

でもマルコさんに出会えることができました。
それでようやくペットらしい生活を送られたのではないのか…

マルコさんがいたから…

これ以上書くと涙がこぼれます…

そんなマルコさんを応援して下さい。素晴らしい人物です。
動物の支援を利用して金儲けしているような人ではありません。

本物の愛を持った人です。
特に動物にとっては神様のような人物でしょう…

詳しくはこちらから、動物愛護支援の会詳細:www.adachi.ne.jp/users/help/

佐伯剛