とある写真に写る、当たり前や常識の壁を越えたオオカミとロバの姿。
人間が忘れてしまった「共に生きる」ということ・・・
まず、2つの童話を読んでみてください。
どちらもオオカミとロバが登場するお話です。
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むかしむかし、一匹のオオカミがおなかをすかせて、森の中をうろついていました。
そこへ、ロバが通りかかりました。
「これはいい。ごちそうにありつけるぞ」
オオカミは舌なめずりしながら、ロバをよびとめました。
「おい! おまえはどこからきた?」
「はい、村からきました」
「そりゃ、けっこう。いいところヘきてくれた。おれはもう、はらぺこだ。おまえをくってやろう!」
するとロバは、大きな耳をブルブルとふるわせて、
「おねがいでございます。オオカミさん。それだけはおゆるしください」
と、たのみました。
「だめだ! おれははらペこだ」
「オオカミのだんな。わたしみたいなものをめしあがっても、じきにおなかがすいてしまいますよ。それよりも、わたしをたすけてくださったら、一年分の肉を手にいれてあげようと思いますが」
「ふん! どうやって手にいれるんだ?」
「はい、わたしがオオカミのだんなをお乗せして、牧場へご案内します。うまそうなヒツジがたくさんいますよ。それも、まるまるとふとったやつばかり。そうそう、子ヒツジもいますよ。わかくてやわらかいのが。それを好きなだけめしあがれるじゃありませんか」
「なるほど、それはいい話だ」
オオカミは、ロバのさそいが気にいりました。
ロバをたべてしまうより、ヒツジのいる牧場に案内させるほうがいいにきまっています。
それに、だんななんてよばれたのも、生まれてはじめてです。
「そういうことなら、乗ってやってもいい。だがいいか、ゆれないように、たいらな道をしずかにいくんだぞ」
「ご心配なく。オオカミのだんな。しずかにおつれしますよ」
オオカミはロバの背中によじのぼり、ロバのながい耳をつかみました。
ロバはオオカミがゆれないように、ゆっくりと歩きだしました。
オオカミはロバの背中で、とくいそうにそっくりかえっています。
しばらくたちましたが、まだヒツジの牧場にはつきません。
「やい! ヒツジはいったい、どこにいるんだ?」
「もうすぐですよ。オオカミのだんな」
そうこたえると、ロバはすこし足をはやめました。
しばらくすると、オオカミはまたたずねました。
「おい、まだつかないのか?」
「もうすぐです。では、おいしいヒツジがはやくめしあがれるように、すこしいそぎますよ」
ロバは、いきなりものすごいはやさでかけだしました。
オオカミはやっとのことで、ロバの背中にしがみついています。
ところがロバの走りついたのは、ヒツジのいる牧場ではなくて村だったのです。
村の中を、ロバはオオカミを乗せてかけまわりました。
そして、せいいっぱいの声をはりあげて、
「オオカミだ! オオカミがきたぞ!」
と、ふれまわりました。
声を聞きつけた村の人たちは、こん棒やクワを持って家からとびだしてきました。
そしてイヌたちも、ワンワンとほえながら、オオカミめがけてとびかかりました。
「たっ、たすけてくれー!」
オオカミはロバからとびおりると、命からがらにげだしました。
そしてにげながら、オオカミはつくづく思いました。
(ああ、おれはバカだった。
おれのじいさんは、いばらないオオカミだった。
おやじも、いばらないオオカミだった。
二人ともいつも自分で歩いていて、ひとの背中になんか乗らなかった。
それなのにおれは、いい気になってロバに乗ってしまった。
おかげでとんだ目にあってしまった。
もう二度と、だんななんてよばれたくはない)
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ロバがまきばで草を食べていると、オオカミがやって来るのが見えました。
ロバは、足を怪我したふりをしました。
オオカミが寄ってきて、
「どうして、足を引きずっているの?」
と、尋ねました。
「垣根(かきね)を飛び越えようとして、イバラに足をついてトゲを刺してしまったからです。
あなたはぼくを食べるつもりでしょうけれど、その前に、トゲをぬいてくれませんか?
そうすれば、口にトゲが刺さる心配なしに、ぼくを食べる事が出来るでしょう」
オオカミは、なるほどその通りだと思いました。
オオカミがロバの足を持ちあげて、一生懸命にひづめを調べているのを見すましてロバは、
ガツーン!
と、オオカミの口を思いっきり蹴飛ばしました。
おかげでオオカミの歯は、全部折れてしまいました。
ひどい目にあったオオカミは、言いました。
「おれがバカだったんだ。親父から仕込まれた仕事は肉屋なのに、医者の真似なんか、どうしてする気になったんだろう」
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私は童話を読むとそのメッセージに妙に納得させられ、子どもの時には分からなかった意味を知ることができるので、とても楽しいです。
このどちらの童話もロバは機転を利かせ、オオカミは単純ですね。
私達が生きる現代も、弱いものは賢くなければ生き抜けないのだと思わされました。
このイソップ童話の解釈はさておき、オオカミはロバを餌以外のなにものでもないという認識が、童話でも私達の感覚でもありますよね。
しかし、現実では逆のことが起こっているようです。
それでは、1枚の写真をご覧ください。
Il vecchio e malandato asinello era stato dato in pasto a questo lupo catturato e imprigionato.
Il lupo e l’asinello sono diventati amici.
A tutte le persone che affermano che gli animali sono specisti.
(老いぼれたロバが、捕獲され閉じ込められたオオカミにエサとして与えられました。
でもオオカミとロバはともだちになったのです。
動物はスピーシスト(種差別主義者)であるとするすべての人に、この写真を。)
どうでしょう?この姿を見て、何を感じますか?
人間が定めた動物種の壁を乗り越えて、彼らは共に生きています。
友達をいじめ、親を殺し、子どもを虐待する・・・
同じ仲間であり助け合うべき人間同士、無意味に争う姿に情けなく思います。
動物実験もサファリパークも水族館もサーカスも、すべて人間の欲望の形。
地球で共に生きていく仲間であるはずの生き物たちを支配し、操作し、傷つけ続ける人間に平和など訪れないでしょう。
まずは自分の命と向き合い、その重みを感じてみませんか?
阿久津 桜
