人間にとって都合の良い休暇は、動物にとっては恐怖である。
日本では氣候がよい春の大型連休のゴールデンウィークなどは、動物にとっては更に恐怖が倍増する…
それは、動物園や動物を使っての催しの他、様々なイベントなどが盛んになるからだ。
見世物小屋である動物園では、そこに強制的に収監されている動物達にとっては最悪の日々が訪れると思っているであろう。
人間だけの視線でしか物事が見られないほど、人間の想像力は低下の一途をたどっている。
他利的な感性など現代人は失ってしまい、脳みそも2~3%しか使わなくなっている。
それでは慈しみや愛などが育むはずもなく、自己中心型人間が増える一方である。
動物園を見学して喜んでいる人間などは、その最たる代表例である。
自分の満足感だけを満たしてくれれば、その動物の苦しみや真の生態系などには一切興味がわかない。
以下のようなことをニュースとして取り上げる現状も、人としての道徳心の堕落である。
大人たちが動物園などを楽しみにせず、もっと真実の動物観さえ持っていれば、そんなものは繁盛すまい。
教育とは翻ると、まさに凶器そのものである。
今一度、動物の視点に立って以下のような記事について深く考えてもらいたい。
「ホワイトタイガーの赤ちゃん一般公開 東武動物公園、『3兄弟』の名前も募集」
ホワイトタイガーの赤ちゃんたちがじゃれあう、愛らしい姿が見られるかも!?
東武動物公園(埼玉県宮代町)は、2013年3月に生まれたホワイトタイガーの赤ちゃん4頭のうち、オス3頭の名前を一般募集する。
「メスの赤ちゃんも誕生」
白と黒のしま模様の体毛に青い目をもつホワイトタイガーは東武動物公園の人気者。
3月16日、同園で飼われていたオスのロッキー(5歳)とメスのカーラ(7歳)の間に、オス3頭・メス1頭の赤ちゃんが生まれた。
ホワイトタイガーは全世界で200頭あまり、日本では23頭ほどしかいない希少種。同園で生まれたはじめてのホワイトタイガーの赤ちゃんだ。
同園では、繁殖に成功した動物の名前は、その担当者が付けられるという特権がある。メスの1頭については担当飼育係が名前を付けるが、今回のオス3頭については、名前を一般公募することに決めた。
同年5月11日から5月26日、ホワイトタイガー舎前に設置された専用用紙で応募できる。用紙1枚に書けるのは1頭の名前のみ。発表は6月上旬を予定。
一般公開は5月2日10時30分から。目をパッチリ開き、ヨチヨチ歩きをはじめた赤ちゃんたちが見られる。名前を付けるにあたってのヒントが得られるかもしれない。(以上)
このようなニュースを微笑ましいとか、種の保存、などと捉える人間もいるが、それは間違いである。
種の保存などといいながら、一方では近親繁殖などで、病氣を生み出し多くの動物を殺している事実もある。
また、増えすぎた動物は非情に処分する。
種の保存などの一見美しい建前論は、本当の所は「マネーを稼ぎ出すものを増やしたい」が本音である。
イギリスのズーチェックで、日本が再三注意されバッシングを受けるのが、その証拠である。
動物は人間なんかより、数倍神経質である。
特に他の生物に見られることを嫌う。
一日ジロジロ見学され、笑われるなどは以ての外である。
それは動物にとっては極度のストレス以外何ものでもない。
自分に置き換えて考えれば簡単な話である。
特にトラなどは、ひっそりと暮らす習性をもっていて、とてもナーバスな生き物だ。
ホワイトタイガーはネパールからインド、インドシナに生息するベンガルトラの白変種で、しばしばこのような固体が生まれる。
その自然現象を逆手に取って、物珍しさで生け捕りにし金を取って見世物にするのは、心のある生き物ではなく、常軌を逸している生き物のすることである。
ホワイトタイガーの生息域や習性などはベンガルトラと同じで、森林地帯のほか、湿地帯の草原や川の近くの草むらなどにも生息する。
このような生き物は、そっとしておいてやるべきである。
自然も破壊し、野生動物も殺したり、生け捕りにし見世物にしたり、人間という生き物はどこまで残酷な生き物なのだろうか。
今に地球からのしっぺ返しが、「死」という形で返ってくるに違いない。
早く氣付かないと恐ろしいことになる。
動物は言葉を持ち合わせていない。そんな動物の代弁者としても、心ある人間が声を大にして主張すべきである。
「そっとしておいてやれと…」