この映画を語らせろ4「雨月物語」

製作年:1953年/製作国:日本/製作:大映
原作:上田 秋成/配給:大映
モノクロ/1時間37分/スタンダード/モノラル
【あらすじ】
戦乱の到来を契機に大商いを目論む陶器の名工源十郎と、侍として立身出世を夢見る弟の藤兵衛、そして息子と家族三人で貧しくともささやかな幸せを望む妻の宮木。
そんな三人の命運を、やがて荒廃した時代が飲み込んでいく・・・。
上田秋成原作『雨月物語』(うげつものがたり)の中から、「浅茅が宿」と「蛇性の婬」の2編を川口松太郎と依田義賢が脚色した。
舞台は近江国と京に設定されている。
ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞を受賞した。
また、スタッフも文部省芸術選奨を、そしてエディンバラ映画祭においてデヴィッド・O・セルズニック賞を受賞した。
【スタッフ】
監督: 溝口 健二
脚本: 川口松太郎、依田義賢
原作: 上田 秋成
音楽: 早坂文雄
【キャスト】
京 マチ子
水戸 光子
田中 絹代
森 雅之
小澤栄
青山杉作
世界的に有名な映画監督と言えば、今では「北野たけし監督」の名前が挙がるのでしょうが、過去から現在まで通して人気のある監督と言えば「小津安二郎監督」と「溝口健二監督」です。
特に小津監督は特に最近若い世代からの人気が高くブームになっていた時期がありました。
一方、溝口監督の名を聞くことが少ないのは口惜しいことです。
しかし私は断然、溝口派です。
かのゴダールも「好きな監督を3人挙げると?」との問いに「ミゾグチ、ミゾグチ、ミゾグチ」と答えるほどその傾倒ぶりは有名で、なんとお墓参までしたそうです。
溝口監督の作品の特徴は、なんといっても一般に「ワンシーン・ワンカット」と呼ばれる長回しの手法です。
これこそが世界の映画作家が注目し、フランスのヌーベル・バーグ作家たちに強い影響を与えたのです。
溝口監督以前は、モンタージュ理論に代表されるように、細かなカットを積み重ねて一つのシークエンスを積み立てるのが定石でした。
しかし溝口監督は演技の流れをカット割りによって断ち切ってしまうことを嫌い、芝居を持続させることを望んだのです。
長回しでは、どうしても単調になりがちです。
ですから観客を退屈させないために映像に訴求力が必要とされるのです。
それは役者の演技であったり、セット・小道具・衣装の美しさであったりですが、さらにカメラワ-クも重要です。
溝口監督は移動撮影やクレーンからの撮影を積極的に取り入れ、特にクレーンを好んで使いました。
舞台演劇的な動きの少ない場面では、演者の周りを移動撮影して独得の荘重なリズム感を生み出しました。
また登場人物や観客の感情を反映したようなカメラの動きは、「雨月物語」でも随所に見られます。
結果として、まったくカットを割っていないにも関わらずそれを意識させない、流麗かつ緊張感にあふれる映像が創りだされるのです。
溝口監督は「カットを短く切り返して見せると訴え方が弱い」という意味のことを自ら語っていたそうです。
「雨月物語」では全体の約七割をクレーンで撮影していますが、これには名カメラマン宮川一夫氏(1908-1999)の力量に負うところが大です。
彼は移動・クレーン撮影において超絶的な技巧を発揮して、幽玄な雰囲気を生み出すことに成功しています。

琵琶湖を船で渡っていくシーンでは、およそセットとは思えない神秘的な映像が映し出されます。
あたかも三途の川を渡るような異界への旅を暗示させることにより、この後の展開を匂わせる名シーンです。
さて溝口監督が映像だけの人と思われたなら大間違いです。
それだけでは世界の名立たる映画賞をいくつも受賞できるはずもありません。
溝口監督が描く世界は、常に普遍的なテーマを持ち、自由な感性がほとばしる刺激的なものばかりです。
この映画の登場人物は、お金や身分を求める夫と素朴な幸せを望む妻です。
これはいつの時代でも観客の共感を呼ぶ者たちでしょう。
しかも、溝口監督の映画では、共感だけではなく、観る者の心を揺さぶる感動と、思わず見とれてしまう美しさを併せ持つのです。
さらに死霊・若狭姫を演じた京マチ子の怪しい魅力、宮木役の田中絹代の母性の暖かさ、水戸光子のすさまじい女の迫力など、溝口監督の演出に応えた女優陣も素晴らしい作品です。
一部にあるような「溝口健二作品は堅苦しく難解」という評価は、食わず嫌いの勘違いだと私は主張します。
溝口監督作品は、私たちの共感を呼ぶとともに、時代に取り残されることのない新鮮な感動に満ちています。
そしてつねに時代を超えていく「モダニズム」の魅力に溢れているのです。
(小田切聖之介)
