番外編「ハーバード白熱教室」

今回は映画ではありませんが話題の「ハーバード白熱教室」をご紹介します。
殺人に正義!?命に値段!?
「正義」とは何か、あらためて考えてみませんか…

「ハーバード白熱教室」という番組がNHK教育チャンネルで放送されていたことをご存知でしょうか。
アメリカ建国よりも古いと言われるハーバード大学(創立1636年)の歴史上、履修学生の数で最高記録を更新した政治哲学の授業「Justice(正義)」があります。
あまりの人気ぶりにハーバード大学では、授業非公開という原則を覆し、この授業の公開に踏み切ったのです。
この番組はカメラが捉えた講義の模様です。

講義をするのはマイケル・サンデル教授。
彼は著書『これからの「正義」の話をしよう―いまを生き延びるための哲学 』(早川書房)が日本でも有名な共同体主義(コミュニタリアニズム)の中心的論者です。
サンデル教授の授業はソクラテス方式(講義ではなく、教員と学生との闊達な対話で進められる授業形式)と呼ばれる、学生が大教室で意見を戦わせる形式ですが、この教育では最高の実例と言われています。

さて、番組は全12回放送されました。
タイトルを見ただけでなかなかそそられるものがあります。

第1回 「殺人に正義はあるか」
第2回 「命に値段をつけられるのか」
第3回 「「富」は誰のもの?」
第4回 「この土地は誰のもの?」
第5回 「お金で買えるもの 買えないもの」
第6回 「動機と結果 どちらが大切?」
第7回 「嘘をつかない練習」
第8回 「能力主義に正義はない?」
第9回 「入学資格を議論する」
第10回 「アリストテレスは死んでいない」
第11回 「愛国心と正義 どちらが大切?」
第12回 「善き生を追求する」

放送では1回につき2コマの授業を採り上げています。
ちなみに第1回は「Lecture 1 犠牲になる命を選べるか」と「Lecture 2 サバイバルのための殺人」でした。
1人を殺せば5人が助かる状況があったとしたら、あなたはその1人を殺すべきか?
サンデル教授は、私たちが日々の生活の中で直面する難問において、「君ならどうするか?何が正しい行いなのか?その理由は?」と、学生に投げかけ、活発な議論を引き出し、その判断の倫理的正当性を問うていきます。
他の回でも、同様な難問が突きつけられます。
金持ちに高い税金を課し、貧しい人びとに再分配するのは公正なことだろうか?
前の世代が犯した過ちについて、私たちに償いの義務はあるのだろうか……。

いってみればこれは、「正義」をめぐる哲学の問題です。
社会に生きるうえで私たちが直面する、正解のない、にもかかわらず決断をせまられる問題なのです。
授業では学生達の意見に加え、アリストテレス、ロック、カント、ベンサム、ミル、ロールズ、そしてノージックといった古今の哲学者たちを採り上げながら、彼らがこれらにどう取り組んだのか、その考えをも同時に吟味してゆきます。

活発な議論とはいえ少数派の意見は、時として笑いの対象となります。
発言者が真剣に話しているとなおさらだったりします。
これはハーバード大学の、しかも政治哲学の教室でさえ変わらないようですが、サンデル教授はそうした学生をきちんと「勇気ある答えだ」と賞賛します。
大多数の教師が、こういうことをきちんと積み重ねてきたからこそ、ハーバード大学の学生は、少数意見を述べることができるのではないかと思われます。
日本の学生は消極的と言われますが、問題は学生の気質ではなく、教師たちにあるのではないかと思う場面です。
参加の学生達がみなリラックスしていて、気楽に笑える空気を維持しながら、少数意見の発言者にきちんと賞賛を与えることで、活気にあふれた講義を作っていくサンデル教授の授業は素晴らしいの一言につきます。

一方でサンデル教授の問題提起はあまりに現実から飛躍してしており、リアリティに欠けるような気もします。
しかし哲学的な問題設定では、現実を考慮しすぎては講義が成り立たないでしょう。
現実の一部を切り取って、しかし現実の複雑な諸要素を捨象して問題を単純化し、考えていくことにするサンデル教授の方針は正しいと思います。

ところでサンデル教授は共同体主義者です。
また、参加の学生達は世界から選りすぐられた、さまざまな人種、社会的背景を持っています。
そのせいか、ここで議論される「正義」は日本人である私の「正義感」からすると違和感を覚えることも少なくありません。
例えば、ルームメイトのカンニングを(道徳的には正しくないと思っていても)見逃すと言ってはばからない学生には驚きを禁じえません。
ハーバードが全寮制の大学であることを考慮しても、その他の意見(例えば自首を薦めるなど)のないことに納得いかない気持ちが残ります。
しかしそれらを踏まえたうえでも、「正義」について考えてみる機会を与えてくれたこの番組から得た物はちょっとやそっとでは語りきれません。

放送はすでに再放送も含めて終了してしまいましたが、DVDが発売されています。
レンタルも出来るようです。
また上下2巻の書籍としても発売されています。
興味を覚えた方はぜひご覧になっていただきたいと思います。

(小田切聖之介)

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