新旧の名作映画をお勧めする本コーナーですが、今回の作品は「ブレードランナー」です。今ではしばしばSF映画の金字塔として評される本作ですが、1982年夏の公開時は…。

原題
Blade Runner
製作年
1982年
製作国
アメリカ
配給
ワーナー・ブラザース映画
上映時間
117分
監督
リドリー・スコット
出演
ハリソン・フォード
(Deckard)
ルトガー・ハウアー
(Batty)
ショーン・ヤング
(Rachael)
エドワード・ジェームズ・オルモス
(Gaff)
M・エメット・ウォルシュ
(Bryant)
近未来のLAを舞台にして、レプリカント(人造人間)と人間との戦いをフィルム・ノワール調(注)で描くSF映画。
その卓越した近未来描写により、非常にファンが多い。
1993年にはアメリカ国立フィルム登録簿に永久保存登録された。
全米週末興行収入成績初登場第2位(1982年6月25日-27日付)。
2019 年。
地球環境の悪化により人類の大半は宇宙に移住し、地球に残った人々は人口過密の高層ビル群が立ち並ぶ都市部での生活を強いられていた。
酸性雨が休みなく降りしきるロサンゼルスに、植民惑星から脱走した男女6体のレプリカントが潜入していた。
元レプリカント専任捜査官=ブレードランナーのデッカードは一度は退役した身だが彼らの捕獲を依頼され、再びレプリカントたちを追うことになる…。
本作の公開以前には、明朗なイメージがほとんどのSF映画をガラリと変えたエポックメーキングな作品です。
特徴はその圧倒的ともいえるビジュアルイメージでしょう。
フィルム・ノワールの要素をとりいれ陰鬱な空気をかもし出すその未来都市は、従来のSF映画にありがちだったクリーンなイメージを打ち破りました。
監督のリドリー・スコットにとって、本作はSFホラー『エイリアン』(1979年)に次ぐSF作品ですが、変わらず卓越した映像センスを披露し、環境汚染にまみれた退廃的近未来都市像を鮮やかに描き出したのです。
このイメージには、フランスの漫画家メビウス(注1)が描いたバンド・デシネ(注2)短編作品『ロング・トゥモロー』での、「混沌とした未来社会での、フィリップ・マーロウ(注3)的な探偵の物語」がおおいに参考になっているそうです。
この作品の、カオス的な未来都市は、メビウスの作品でのイメージそのものといって過言ではありません。
リドリー・スコット監督は、スタッフとしてメビウスの参加を熱望したようですが、スケジュールの関係で、衣装デザインのみの参加となったそうです。
またインタビューでは度々エンキ・ビラル(注4)の作品の世界観を参考にしたと発言しています。
さらに、この世界観の確立にはシド・ミード(注5)の美術デザインはいうまでもなく、ヴァンゲリス(注6)作曲のシンセサイザー音楽もおおいに貢献しています。
当時のSF界ではサイバーパンクムーブメント(注7)が台頭しており、ここで提示された荒廃の進行する近未来世界のイメージと共鳴現象を起こし、小説・映画は言うまでもなくアニメ・マンガ・ゲームなど後のさまざまなメディアのSF作品にも影響を与えていくことになるのです。
フィリップ・K・ディック(注7)のSF小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?Do androids dream of electric sheep?』(浅倉久志訳、ハヤカワ文庫)が原作ですが、趣は大分違います。
原作での主人公デッカードも似たような役どころですが、人間とレプリカントの違い、つまり生命体と非生命体の違いという形而上学的な問題がテーマになっています。
映画でも原作のテーマは生きていますが雰囲気は前述のようにフィルム・ノワール調であり、アクションシーンも多々あります。
原作も名作ですが、映画のビジュアルイメージが後に与えた影響を考えると原作を超えた傑作と言って過言ではありません。
今では多くのファンを持つSF映画の名作ですが、公開当時は『E.T.』の大ヒットの陰に隠れ興業成績は全く振るわなかったようです。
日本でもロードショーでは極端な不入りで上映が早々に打ち切られてしまったといいます。
これはこの陰鬱なイメージが当時の明朗なSF映画に慣れていた観客を戸惑わせるとともに、「2020年、レプリカント軍団、人類に宣戦布告!」という当初の広告コピーが、宇宙船の飛び交う壮大なアクションSF映画を期待する観客を、失望させてしまったのも大きな要因かもしれません。
一般的にはロードショーでは不入りと言われる一方で、当時の私のように何度も劇場に通う熱心なファンもいました。
つまり当時からすでにカルト・ムービーとしての人気は高かったのです。
その後、名画座での上映から人気が人気を呼び、ビデオが発売・レンタル化されると記録的なセールスとなりました。
これは作品の内容に加えて、元々「粗」の多い映画であったため、何度も何度もビデオを観て間違い探しするというカルトな楽しみを与えてくれたという点も見逃せません。
例を挙げればカットの前後で主人公デッカードの髪の長さが違うといったことがあります。
それはともかく、こうして本作はあらためてSF映画の傑作のひとつという評価を得ることになったのです。
さて、ディレクターズ・カットという言葉も今ではすっかり定番のようですが、本作はディレクターズ・カットでも先駆け的作品であり、またその数が多いことでも有名です。
本作には、なんと合計で5つのバージョンがあります。
そのうちのひとつはいわゆる初期劇場公開バージョンですから、正確にはディレクターズ・カットは4バージョンです。
しかしこのディレクターズ・カットのうちいくつかは劇場でも公開しましたので、マニアックなファンはその総てに劇場まで足を運ぶことになりました。
なんとも罪な映画です。
5つのバージョンについて簡単にご紹介しましょう。
ひとつは「リサーチ試写版」といわれるもので、公開前に観客の反応を見るために行われたバージョンです。
監督が意図した作品に一番近いと言われるバージョンですが、観客の反応はいまひとつだったようです。
劇場公開の時と同じ反応ですね。
ふたつめが「初期劇場公開版」です。
リサーチ試写版で不評だった点を一般受けを狙って修正したバージョンです。
みっつめは「インターナショナル・バージョン」です
ヨーロッパや日本で公開された際に使われたのがこのバージョンです。
初期劇場公開版ではカットされたシーンが追加された他、いくつか微細な変更あります。
なお、ビデオ発売時には「完全版」と称して発売されました。
これは日本ではワーナーのレンタルビデオや初期にリリースされたLDソフトに初期劇場公開版が収録されていた為です。
このあたりからややこしくなってきます。
よっつめが「ディレクターズ・カット版」です。
1992 年、公開10周年を記念し再編集されたバージョンです。
ビデオソフト・DVDでは「最終版」の名称も付け加えられています。
最初の劇場公開での興行成績にもかかわらず、本作はしだいに評価を高め、「サイバーパンクもの」の原典としての地位を確立しました。
それにより、リドリー・スコット監督が本来意図した『ブレードランナー』を見たいという要望が高まりました。
この要請にワーナーが再編集を依頼し、監督も引き受けました。
リサーチ試写版+カットされていた「デッカードが見るユニコーンの夢」といった内容のバージョンです。
5つめが「ファイナル・カット版」です。
2007年、公開 25周年を記念し、再びリドリー・スコット監督自身の総指揮によって編集されたバージョンです。
細かい撮影ミスの修正またデジタルによる素材レベルのブラッシュアップも行い、高画質の視聴にも耐えうるクオリティになっています。
このほか、いくつかのカットされていたシーンも復活しています。
本バージョンは第64回ヴェネツィア国際映画祭でワールドプレミア上映されるなどの後、日本では、2週間限定で東京、大阪の2館4スクリーンで劇場公開されています。
特撮カットは、それまで眠っていた高画質フィルムが使用され鮮明なイメージになっています。
これらの総ては現在DVD-BOXとして発売されていますので鑑賞することが可能です。
またリサーチ試写版以外はDVDレンタルもされていますので、リーズナブルにご覧になれます。
鑑賞経験のある方でも総てのバージョンをご覧になった方は少ないと思います。
ご覧になっていない方はもちろん、見比べてみようという方へもってこいのお勧めDVDが「ブレードランナー クロニクル」です。
なんと1枚のDVDに初期劇場版 「ブレードランナー」(1982)、インターナショナル劇場版 「ブレードランナー 完全版」(1982)、「ディレクターズカット/ブレードランナー最終版」(1992)の3種類が収められています。
秋の夜長、複数のバージョンで見比べて観るのも一興です。
ぜひお試しください。
注)フィルム・ノワール (Film noir) は、虚無的・悲観的・退廃的な指向性を持つ犯罪映画を指した総称である。
しかし犯罪に題材を得ていれば総てフィルム・ノワールと呼ぶわけではない。
フィルム・ノワールとされる映画には、ドイツ表現主義にも通じる、影やコントラストを多用した色調やセットで撮影され、行き場のない閉塞感が作品全体を覆っている。
夜間のロケーション撮影が多いのも特徴といえる。
注1)フランスの漫画家ジャン・ジロー(Jean Giraud、1938年5月8日-)のペンネームのひとつ。
メビウス(Moebius) においても世界的な成功を収めており、更にジル (Gir) の名でもある程度の人気を得ている。
注2)バンド・デシネ(bande dessinée)は、ベルギー・フランスを中心とした地域の漫画のことである。
略称はB.D.(ベデ)であり、また、バンデシネとも呼ばれる。
日本の漫画と比較して、ストーリーよりは絵が重視され、またフルカラーの作品が多い。
白黒作品もあるが、トーンの使用はあまりみられない。
注3)フィリップ・マーロウ(Philip Marlowe)は、レイモンド・チャンドラーが生み出したハードボイルド小説の探偵。
注4)エンキ・ビラル(Enki Bilal、1951年10月7日-)は映画監督・コミック作家。
メビウスと同じくバンド・デシネにおいて高い評価を得ている。
その作風は日本の漫画家にも強い影響を窺うことが出来る。
注5)シド・ミード(Syd Mead,本名:Sydney Jay Mead,1933年7月18日-)はアメリカの工業デザイナー。
フォードでのカーデザインをスタートに、 数多くの企業のデザインコンサルタントを担当し1970年に「シド・ミード社」として独立。
その後、出版やプロモーションの機能として「オブラゴン社」を設立。
日本では、タイガー魔法瓶のエアポット『とら~ず』や、ディスコ「トゥーリア」のインテリアなどの商業施設、特にポスターのデザインは1985年(昭和60年)から1993年(平成5年)に最も多く手がけた。
注6)ヴァンゲリス(1943年3月29日-)は、ギリシャの音楽家(シンセサイザー奏者・作曲家)。
アメリカでは映画『炎のランナー』の音楽が1982年3月に発表された第54回アカデミー賞オリジナル作曲賞を受賞し、同年ビルボードアルバム及びシングルでチャート1位を獲得、また1982年のリドリー・スコット監督の映画『ブレードランナー』の音楽を担当している。
注7)フィリップ・キンドレド・ディック(Philip Kindred Dick,1928年12月16日-1982年3月2日)はアメリカのSF作家。
ディックの小説は社会学的・政治的・形而上学的テーマを探究し、独占企業や独裁的政府や変性意識状態がよく登場する。
後期の作品では、形而上学と神学への個人的興味を反映したテーマに集中している。
44編の長編に加え、ディックは約121編の短編小説を書き、そのほとんどがSF雑誌に掲載された。
ディックは作家になってからはほぼ常に貧乏だったが、死後になって作品が『ブレードランナー』、『トータル・リコール』、『スキャナー・ダークリー』、『マイノリティ・リポート』といった映画になってヒットしている。
(小田切 聖之介)