・観光地の犠牲がまたここに
・神使を殺す愚か者
・人間とどうぶつはどう共存すべきか
先日、目を疑うようなニュースが入ってきました。
(以下転載)
「“奈良のシカ” 1頭目を捕獲し殺処分」
8/17(木) 19:16配信
食害対策として天然記念物「奈良のシカ」の捕獲に乗り出した奈良県が17日、1頭目を捕獲したと発表しました。
奈良市一円に生息するシカは天然記念物「奈良のシカ」としてこれまで保護されてきましたが、市の郊外では田畑を荒らすなどの問題が出ています。そこで奈良県は特定の区域に限りシカを捕獲・殺処分することを決め、先月31日に罠を設置しました。
そして17日、県は1頭目を捕獲したと発表しました。捕獲したのはオスの成獣で、17日朝、県の猟友会が罠にかかっているのを確認。すでに殺処分したということです。

「今、解体していると思う。遺伝子の調査、胃の内容物を調べることになります」
(奈良県奈良公園室 北畑雄一郎室長補佐)
県は今年度、120頭を上限に捕獲を続ける予定です。
(転載終了)
今や奈良の観光に欠かせない鹿。
近年の外国人観光客は奈良の大仏より鹿との戯れを楽しみに来ると言われているくらい、奈良の鹿は日本のシンボルでもあります。
現在、その数は1200頭と言われており、雄197頭、雌713頭が春日大社のある奈良公園を中心に生息しています。
奈良公園にいる鹿は「偶蹄目シカ科シカ属ニホンジカ亜種」で、完全に野生の鹿です。
人懐こいので勘違いしやすいですが、人に飼われている訳ではありません。
奈良の鹿はいつからそこにいるのか。
それは遡る事約1300年前。
768年、春日大社創建の際、茨城県にある鹿島神宮の祭神・武甕槌命(たけみかづちのみこと)が神鹿に乗ってこの地へやってきたと伝えられています。

それ以来、鹿は春日大社の神使として、神鹿(しんろ)と呼ばれています。
それゆえ、奈良公園の鹿は古くから手厚く保護されてきており、不慮の事故も含め、殺めると死罪に値する厳しい刑罰を受けました。
「奈良の寝倒れ」という言葉があり、店前でシカが死んでいると、鹿殺しの嫌疑がかけられる恐れがあり、こっそり隣の店の前に動かし、次々みんなそうやって自分の店の前から隣へと動かしていき、最後に寝坊で有名な男の店前に置かれました。
その結果、その寝坊の男性は死罪となり、それ以来奈良の商家はどこも朝が早いといわれています。
そして1957年に、奈良の鹿は国の天然記念物指定として認定され、それ以来奈良では鹿を傷つけると罰金、車道は車より鹿優先など、神使として丁重に扱われてきました。
鹿は、普段、春日山や奈良公園を自由に行き来し、夜は周辺の林に数十頭単位のグループをつくって眠ります。
夕方になると、その群れ固有の「泊まり場」に移動をし、身体を休めている姿を見ます。
そんな移動の中での交通事故も年間150件以上起こっており、県では鹿保護の為の事故予防対策も打ち出していました。
それが、今、掌を返したように火蓋を切った殺処分施行。
一体何が起こっているのでしょうか。
奈良県の言い分は、鹿が近隣の農産物を荒らす被害が後を絶たず、それによる被害は年間約60億に上り、長年悩まされてきた、というのです。
奈良の鹿は天然記念物。
故に文化財保護法で守られており、文化庁の許可がなければ手出しは出来なかったのですが、この度奈良県の申し出が通り、文化庁の許可の元、遂に鹿の殺処分が始まってしまいました。
昨日まで神使だった鹿が今日から害獣と呼ばれ、猟友会の餌食となる現実。
今、鹿は各地で農作物を荒らす害獣と呼ばれ、増えすぎなどの適当な理由で殺されています。
しかし本当はそれ自体が間違いであり、そんなニュースを見る度、憤りを感じます。
鹿が野菜や木の実を食べるのは当たり前で普通の事であり、彼らが生きていく為の最低限のご飯を食べるだけで害獣と呼ばれるなら、必要の無い過食ばかり貪る人間は、私から見たら救いようの無い大害獣です。
そもそも作物を取られたくないのであれば、きちんと柵を張り、強固な縄張りを作り、自分の食べ物くらい自分で守る事が、農家がまずすべき事ではないでしょうか。
農作物でお金を稼いでいるのなら、それを守るためにお金を使い柵を張る事は、仕事として当たり前の準備や対策であり、それが出来ないなら農家なんて辞めてしまえばいい、とさえ私は思います。
殺す事は解決ではありません。
それはただの身勝手で無責任で罰当たりな行いであり、知恵のある生き物がする事ではありません。
そもそも何故、野生の鹿がこれ程増えたのか、里に下りてくるのかを考えた事はあるのでしょうか。
元々は人間が彼ら野生どうぶつの住処に入り込み、山を切り崩した事が原因であり、彼らは好きで里に下りてきている訳ではありません。
どうぶつは、人間とは違い、自然の摂理の元で生きておりいたずらに縄張りや住処を侵す事はしません。
今、野生どうぶつ達は自らの居場所もわからなくなっており、更に山には彼らの食べ物も無くなってきているのです。
農水省は戦後、空襲ではげ山になった日本の山に対し、ほぼ無計画に杉や檜といった針葉樹を植えてきました。
針葉樹は広葉樹と違い、栗やドングリや木の実を育てません。
こうして食べ物を失った森のどうぶつ達は生きていくことはできず、なので人里近い広葉樹の森や、畑に近づくしかなかったのです。
そして民家に近づこうものなら猟銃で撃ち殺される。
人間の都合で、命を奪われる罪無き野生どうぶつ達。
天然記念物、害獣、人は勝手に都合よく呼び名を変えますが、彼らはそのどちらでもありません。
客寄せの金儲けに使えるとなれば天然記念物と言ってもてはやし、
猟友会を使う事により助成金が絡むとなれば害獣と言って撃ち殺す。
今回は奈良の鹿ですが、そのうち厳島神社の鹿も標的にされるのではないでしょうか。
厳島神社の鹿は、今、大変飢えに苦しんでいます。
観光客が散々餌をばら撒いてきて餌付けしてきた結果、鹿が増えて邪魔となり今は「鹿を山に返そう運動」として、一切の餌やりを禁止しているといいます。
厳島神社の鹿はみんなガリガリに痩せこけて、毛並みもボロボロになり、屋台のゴミ箱を漁るしかなく、イカ焼きのタレのついた紙袋を食べたり、ポテトの空き箱を食べたり、食べ物の匂いが残ったビニールを飲み込んでしまったり、それによって死亡しているケースが増えています。

厳島神社の鹿も神の使いと言われていますが、これが神様に対してする事でしょうか。
春日大社も厳島神社も、所詮は商業神社だとしか思えません。
野生どうぶつを散々利用した挙句、要らなくなったら平氣で見捨てる神経。
両社とも神のご利益があるとはとても思えません。
参拝にいけば、逆にカルマをもらって帰ってくるのではないでしょうか。
今回、神使の殺処分を施行した最低最悪の奈良県。
それでも少しは残して、まだ金儲けに鹿を利用しようとする貧乏根性が私は断じて許せません。
今こそ、鹿を観光に利用する事を全廃し、奈良の鹿は全て山へ返すべきです。
野生どうぶつは人間の金儲けのためにいるのではありません。
山の神へお返しするべきなのです。
その為のプロジェクトを練り、お金と頭を使い動くべきです。
私達がすべきは、彼らの住処をこれ以上壊さないこと、彼らの食べ物を奪う環境破壊を止めること、そして一番は、彼らと関わりを持たないこと。
本当にどうぶつの事を思うなら「善意の無視」をするべきです。
無闇に飼ったり近づいたり、触れ合わないこと。
これが真の共存であり自然な姿です。
だから、ペットも動物園もサーカスも肉食も全ては、人間とどうぶつの不自然で歪んだ関係だと言っているのです。
人間が関わるから、どうぶつ達は不幸になると言う事をどうか忘れないでください。
小田奈々
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