うら寂れた砂漠のモーテル『バグダッド・カフェ』で日々繰り広げられる切ない人間模様。
1989年にシネマライズで初公開されて大ヒットし、当時のミニシアターブームを代表する一作となりました。
そのタイトルの謎とは…。
予告編がご覧になれます。

バグダッド・カフェ(1987)
上映時間 91分
製作国 西ドイツ
初公開年月 1989/03/
監督:パーシー・アドロン
主題歌:コーリング・ユー(ジェヴェッタ・スティール)
出演:
マリアンネ・ゼーゲブレヒト ジャスミン
ジャック・パランス ルーディ
CCH・パウンダー ブレンダ
アメリカ、ラスベガスとロサンゼルスを結ぶ道筋にあるモハヴェ砂漠のはずれ。そこにある、取り残された様な寂しげなモーテル『バグダッド・カフェ』。ここをきりもりしているのは黒人女のブレンダだ。役に立たない夫、自分勝手な子供達、使用人、モーテルに居着いた住人たちにまで彼女はいつも腹を立てていた。そんなある日、ひとりの太ったドイツ女がやって来た。彼女の名はジャスミン。大きなトランクを抱え、スーツを着込み、砂埃の道をハイヒールで歩いてきたこの奇妙な客に、ブレンダは不快な表情を隠そうともしなかった。だが、この彼女の登場が、やがてさびれたカフェを砂漠の中のオアシスに変えてゆく…。
以前ご紹介した「パリ、テキサス」もそうでしたが、映画の中のアメリカにはよく砂漠が登場します。
実際のところアメリカ西部には砂漠地帯が多くあります。ギャンブルやエンターテイメントで知られるラスベガスの街が砂漠に作られたのは有名ですね。
この作品の舞台であるモーテル『バグダッド・カフェ』も、やはり砂漠のはずれにあります。
周囲にはほとんど何もありません。それも当然周りはゴーストタウンになってしまっているのです。
モーテル『バグダッド・カフェ』はもちろん架空の存在ですが、ロケに使用されたお店がその名も『バグダッド・カフェ』として健在です。
グーグルマップでちょっと観てみましょう。
写真中央の赤い印の建物がそれです。
ロケ地であり、この店の所在地であるニューベリー・スプリングスはぎりぎりゴーストタウンとなるのを免れた街なので、まだ建物が残っていますが、廃墟も多いのです。
ストリートビューで観てみると、こんな感じです。
ほとんど、砂漠の一軒家です。
人気のある映画のロケ地が観光地化するのはよくある話ですが、ここもそうです。
ちょっと判りづらいかもしれませんが観光バスが停車しています。
そしてこの写真。
壁に大きく“FILM LOCATION OF THE MOVIE BAGDAD CAFE(映画バグダッド・カフェのロケ地)”と書かれています。
さて、話を映画に戻しますが、グーグルマップまで使って何をいいたいのかというと、タイトルの謎です。
アメリカが舞台の映画なのに、どうしてバグダッドなんでしょうかということです。
この謎、映画を観ても解けません。なんの説明もないからです。
ただし、ヒントはあります。
ドイツ女性ジャスミンとカフェの女主人ブレンダが出会ったばかりの会話です。
ジャスミン「センター(中心)は? 遠いの?」
ブレンダ「何のセンター? ショッピングセンター?」
ジャスミン「バグダッドのセンター(中心)よ」
ブレンダ「ああ、ここがバグダッドよ」
ジャスミン「これで全部?」
ブレンダ「ここがそうよ!」
トンチンカンな可笑しさはありますが、それ以上はよくわからない会話です。
しかし、前述したようにバグダッドはすでにゴーストタウンで、唯一残っているのがこのモーテルなのです。
ジャスミンはドイツからの観光客ですから、そんなことは知りません。
それで、街のセンター(中心、つまり繁華街)はどこかと尋ねているのです。
ところが、すでに街そのものが無いのですからセンターも何も無いのです。
じゃあ、なぜわざわざドイツからこんなゴーストタウンにやってきたのかというと、偶然です。
ジャスミンは旅行中に夫とケンカをして、ひとり道路に置き去りにされてしまったのです。
とぼとぼと歩いてきて、やっと辿り着いたのがモーテル『バグダッド・カフェ』というわけです。
ところで、バグダッドももとはそれなりに活気のある街でした。
この街は「ルート66」沿いにあります。「ルート66」というのは、歌に歌われ、映画やTVドラマに登場し、会社名や商標などにもなった有名なアメリカの国道です。あまり有名なので「ルート66」が今でも残っていると思っている日本人は多いのですが、実はとっくに「廃線(道?)」になっているのです。
正確にいうと「インターステイツ40(州間高速40号線)」が1964年にできて、使用されることが少なくなり1985年に正式に廃止とされました。
廃止といっても道がなくなったわけではなく、通ることもできます。行政の整備が行われなくなったということです。ただし現在は歴史的遺物(Historic Route 66)として部分的に再整備が行われているようです。
バグダッドという街はルート66が健在だった頃に、日本で言うと宿場町のような存在であったのです。
自動車の性能が低かった時代には必要とされ栄えていましたが、自動車の性能が上がりインターステイツ40も出来て宿場町の役目は終わり、やがてゴーストタウンとなったのです。
ちなみに『バグダッド・カフェ』という名前のお店も実際にあったようです。
現在は残っていません。いつなくなったのかも不明です。
ただ、写真だけがウェブ上に残っていました。
だいぶ長くなりました。
この映画は、舞台こそアメリカですが、ドイツ人監督の撮った西ドイツ制作の映画です。
そして冒頭にも書いたように、うらぶれたモーテルにいる、うらぶれた人間達の物語です。
そのうらぶれた彼らが、ひとりの異邦人をきっかけに再生していくのです。
かつて歌にも歌われた有名な国道が今は見る影も無く、国道沿いの街もほとんどがゴーストタウンとなっている。しかも街の名前がバグダッドで、その名前を冠した人気の店もかつては存在した。
外国人監督でなくとも、うってつけの舞台だと思うでしょう。
つまり、これがおそらくタイトルの謎の答えです。
余談ですが、以前にも書いた通り移民の国アメリカでは、ほとんど世界中の地名が見つかります。
例えば、バルセロナ、ボンベイ、カルカッタ、上海(Shanghai)、ベルギー、フランドル、ストックホルム、東京(Tokio)、ボルドー、ポーランド、スウェーデン、マドリード、ヴェルサイユ、グリニッジ、マニラ、アムステルダム、ブレーメン、オデッサ、ストラスブール、ヴェネツィア、アレクサンドリア、ナポリ、ドレスデン、デンマーク、ダブリン、ロンドン、ミラノ、ダマスカス、スコットランド、ウィーン、リスボン、カイロ、ワルシャワ、パレスチナ、アテネ、エジプト、ローマ、モスクワ、パリ、ベルリン、フィレンツェ、ハンブルク、オランダ、ペテルブルクと、ざっと挙げてみてもこれだけの地名があります。
さらに、バグダッドの隣にはシベリアという街もありました(ただし撮影当時はまだゴーストタウンではありませんでした)。
さて、映画はジャスミンとブレンダの二人の女性の友情の物語を中心に、うらぶれたモーテルに吹き溜まっていた人間達の再生のを描いています。
砂漠の街を舞台に人間の再生を描くと言う点では、「パリ、テキサス」に通ずるものがあります。
「パリ、テキサス」も映像の美しさが際立つ映画ですが、この作品も負けてはいません。
冒頭、不安定なアングルで始まるキャメラ、何とも言えない不思議な色合いの映像で描かれる、女性二人の物語。観ている内に気持ちが暖かくなっている様な、とても魅力的な作品です。
そして、「パリ、テキサス」でライ・クーダーのギターが印象的だった様に、この作品では公開当時大ヒットとなったジュベッタ・スティールが歌う主題歌「コーリング・ユー」が、この映画の持つ雰囲気にぴったりマッチしていて、映画の味を何倍にも膨らませると同時に、乾いた砂漠に奇妙な表情を与える印象的なモチーフとなっています。
2008年には、パーシー・アドロン監督が全てのカットの色と構図を調整し直した『バグダッド・カフェ ニュー・ディレクターズ・カット版』が製作され、カンヌ国際映画祭で上映されました。ソフト化されていますが残念ながら販売はブルーレイ版のみとなっています。
トップのポスターもニュー・ディレクターズ・カット版のものです。
DVDは公開当時カットされたシーンを復活した完全版が販売されています。
(小田切 聖之介)
ニュー・ディレクターズ・カット版予告編





