家族を救うために北朝鮮から中国へ渡った父。残された病床の妻と子。彼らに未来はあるのか。
100人近い脱北者への取材を基に北朝鮮の現実に根ざした骨太なストーリーに仕立て、第81回アカデミー賞外国語映画部門賞の韓国代表作品に選ばれた。
予告編がご覧になれます。
原題:Crossing
製作国:2008年韓国
映画配給:太秦
上映時間:107分
監督:キム・テギュン
脚本:イ・ユジン
キャスト:チャ・インピョ、シン・ミョンチョル、ソ・ヨンファ、チョン・インギ、チュ・ダヨン
中国国境に近い北朝鮮の村で妻子と幸せに暮らすヨンス(チャ・インピョ)だったが、ある日妻が肺結核を患う。風邪薬さえ手に入らない状況に彼は中国へ出稼ぎに行くが、不法な現場が発覚し警察に追われる身に。その間に病状が悪化した妻は亡くなり、一人残された11歳の息子ジュニ(シン・ミョンチョル)は父を探しに家を離れる。
キム・テギュン監督はこれまで、『オオカミの誘惑』『百万長者の初恋』など、今どきの若者事情を映画化してきた監督でしたが、本作では作風を一変、脱北者問題に挑んだ骨太の人間ドラマとなっています。
病気の妻の薬を求めて中国へ渡った父と、彼の後を追う幼い息子――北朝鮮の今を生きる家族の壮絶な生き様、運命に翻弄される父子の悲劇は、北朝鮮に限った事ではないかもしれません。
しかしその背景となる風景は、雄大ではあるがどこか空虚で、そこに生きる彼らの心情を写しているようです。
制作にあたりスタッフは、北朝鮮からの亡命者に取材を重ねたといいます。
ニュース番組のドキュメント映像などでなんとなく見覚えがあるものの、真正面から切り込んだ衝撃的な映像は、観る者を否が応でも、北朝鮮の現実に目を向けさせることになるでしょう。
日本公開を記念し行われた記者会見で、キム・テギュン監督は、「映画製作を通じて、彼らの苦痛について自分があまりに無知だと思い知らされ恥ずかしくなった。日本での正式公開が決まり、本当にうれしい。日本の皆さんにも脱北者の痛みを少しでも理解してもらえれば」と語っていました。
本作で特徴的なのは、首領様とか政府の役人は登場しますが、北朝鮮国家や政治を直接批判する表現がないことです。あくまでも主人公とその家族の思いに視点を置いて描くことで、彼らの過酷な運命が北朝鮮の実態を強烈に浮き彫りにしようという意図だと思われます。
ヨンスが求めるものは、政治や宗教のような抽象的なものではなく、ただ家族とのささやかな暮らしなのです。しかし実在の脱北者から取材して書かれたリアルな脚本は、あまりに無慈悲に感じられることもしばしばです。

韓国に渡ったヨンスが声を振り絞るように訴える「神様は豊かな国にしかいないのか、なぜ貧しい北朝鮮を見捨てるのか!」という言葉には胸が締め付けられてまりません。
父親との再会を信じて中国、モンゴルの大平原をさまよう幼いジュニの姿には、涙せずに見ることなどできないでしょう。
この映画にはどこかの国のような予定調和や、一点の甘さ、そして救いすらありません。
北朝鮮の悲惨な現実を世界中に伝えようとする監督とスタッフの執念の迫力に圧倒されるばかりです。
北朝鮮の時代が動いた今、観ておくべき映画だと思います。
(小田切 聖之介)
映画『クロッシング』予告編
