・日本に教育論は無かった!?
・○○○化によって崩壊した
・日本に輸入された、ある危険な思想
子育てをしている中で、「抱き癖がつくから、だっこのし過ぎは良くない」という情報を
聞いたことがある方は多くいらっしゃるかと思います。
子どもが幼いうちは、多くスキンシップをして愛情を通わせることで情緒豊かに育つのですが
なぜ、抱き癖と言われるようになったのでしょうか。
もともと日本には教育論と体系づけられたものは無かったと言われていますが、
戦前と戦後で教育をとりまく思想や考え方が、すっかり変わってしまいました。
終戦の翌年、アメリカから教育使節団が来日しました。
使節団のメンバーは、アメリカのジョン・デューイの弟子やその流れを汲む一派でした。
ジョン・デューイの教育思想とは以下のようなものである。
「子どもは最初から自分の衝動や関心、様々な活動を持つ能動的存在であるので、
教師はいかなるものも誘い出したり引き出したりする必要はない。
一般に教育者の仕事は、親であれまた教師であれ、単にその活動を確かめ関連付け、
それらの活動に適切な機会と条件を与えることにある。」
さらに使節団が日本に残していった報告書にはこう書かれています。
「教育の最善の能力は、自由の雰囲気の中でのみ栄えるものである。
この雰囲気を備えてやるのが教育行政官の務めであり、決してこの逆ではない。
子ども達の計り知れない資質は、自由主義の陽光の下でのみ豊かな実を結ぶ。
この光を供するのが教師の務めであり、決してこの逆ではないのである。」
子どもはそのまま自由にさせてあげれば、それで良いと言っているのです。
知恵を教えたり、躾をして間違った行いをしたら叱るといった
日本人の子育てとは真逆のやり方を提唱していて、まるで呆れてしまうような考えです。
今思えば誤った子育て論だと思いますが、当時戦後間もない日本の親はその思想を受け入れました。
何故だろう?と不思議に思われるかもしれませんが、
敗戦で受けた精神へのダメージは、現代人の想像を超えるものでした。
昭和29年に第二次世界大戦は日本の降伏で終わり、連合国軍が日本に進駐してきて、日本人は絶望感に襲われました。
さらに極東軍事裁判の判決によって、今度の戦争は全て日本人に非があるとされ、
当時の人達は軍事や制度だけでなく、大切にしてきた文化や日本の歴史までも否定し、
物質的なものも精神的なものも、日本人の生活はアメリカに比べて劣等だと思うようになってしまったのです。
その劣等感から当時の親達は、アメリカから入ってきた教育思想を受け入れてしまいました。
「子どもには無限の可能性があるのだから、戦争に負けた我々が下手に口を出して可能性をつぶしてはいけない。」
とまで思ったと言われています。
ジョン・デューイの思想を具体化した育児書が「スポック博士の育児書」でした。
日本でも戦後に読まれた育児書で、冒頭の「抱き癖をつけてはいけない」という誤った考え方のきっかけになったものです。
その内容は、また次回にお話し致します。
山本 和佳
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