●人間の心に生じる思い込み
●しくみを知って俯瞰してみましょう
わたし達は生活の中で、常に判断を迫られながら生きています。
ケンブリッジ大学のバーバラ・サハキアン教授の研究によると、
人間は1日に最大3万5千回も決断をしているそうです。
これは歩く、座るといった体を使う時や会社や自宅で行っている
全ての決断を含めた回数ですが、言語や食事、交通といった事柄だけでも
1日に平均2万回以上も決断しているそうです。
そして、それが感情や思い込みに影響されることも珍しくありません。
人間の心理が偏見や先入観、思い込み、誤解などを生むメカニズムを
「認知バイアス」といいます。
わたし達は様々なバイアスがかかった状態で
毎日暮らしていると言っても過言ではありません。
具体的にどのような認知バイアスがあるのか、いくつかご紹介いたします。
●ピグマリオン効果
飲食店や公共のトイレで
「いつも綺麗にお使いいただきまして、ありがとうございます。」
という貼り紙を見たことはありませんか?
「トイレを綺麗に使いましょう」という表記よりも
利用者にトイレを綺麗に使ってもらえる効果があるそうです。
これは利用者に対する期待を表すことで、ピグマリオン効果が働くからです。
ピグマリオン効果とは、かけられた期待に応えようとする心理のことです。
たとえそれが偽りの期待だったり、根拠の無い期待だったりしても
人は期待に応えようと努力したり品行方正を心がけたりします。
●正常性バイアス
正常性バイアスとは、緊急事態が起きても
大したことは無いと言い聞かせて心を安定させようとする心理です。
それは不安や心配を和らげる効果があるのですが、
緊急事態においては逃げ遅れにも繋がるため要注意です。
東日本大震災の時に実際にあった話ですが、
沖合から津波が迫って来るのを海岸で目視確認した人が
慌てて内陸へ逃げながら「津波が来るぞ!今すぐ逃げろ!!」と民家へ呼びかけました。
しかし、多くの住民は聞く耳を持たなかったそうです。
他にも大雨洪水の水害のように、少しずつ状況が悪化して
危険度が増していく災害では、特にこの正常性バイアスに陥りやすいです。
山間部で大雨が降った後は、天氣が回復した後もしばらくの間は
川に近づかないよう注意喚起されます。
下流の川が突然増水する「鉄砲水」が起きる恐れもあるためですが、
油断して川遊びなどしている人が被害に遭うケースがあります。
これも正常性バイアスにより、危険予測が甘くなった結果と言えるでしょう。
●吊り橋効果
ゆらゆら揺れる吊り橋の上に立つ人が、隣にいる異性に行為を持つ心理効果です。
これは不安定な場所にいる恐怖から来るドキドキを
異性への好意によるドキドキと勘違いしてしまうために起こります。
このように自分の心理状態を勘違いしてしまうことを心理学では「誤帰属」と呼ばれ、
物事の原因を本来のものと異なるものへ帰属させてしまう、
つまり原因を取り違えてしまうという意味です。
このような勘違いは、日常でもよく起こります。
例えば、朝に親子喧嘩をした子どもがその感情を引きずったまま登校すると、
学校で友人がいたずらをしてきた。
いつもなら怒らないのに、その日はつい感情的に怒ってしまったというケース。
この場合は、喧嘩で引きずった怒りなどの感情を
友人のいたずらのせいと勘違いして感情が爆発した現象です。
目の前の出来事に対して起きたと思っていた感情が
実は原因は別にあったというのは珍しい事ではありません。
このような勘違いが起きることもあると知っておくと、
感情だけで決めつけないで冷静に俯瞰して物事を見たり、
思考や感情を整理する助けにもなりますね。
●藁人形論法
人から思わぬ反論を受けて、不愉快な思いをしたことはありますか?
反論といっても様々ですが、
相手の主張を誇張したり、一部だけ切り取ったりして
自分が反論しやすい状態に変えるやり方を「藁人形論法」と呼びます。
生身の相手を叩きやすい藁人形に作り替え、それを叩くという
名前からして怖ろしい論法です。
例えば、以下のような会話。
Aさん「子どもがやりたい事を見つけるためにも、勉強は大切ですね。」
に対して、
Bさん「子どもに勉強ばかりさせるのはかわいそうだ!」
と反論する。
Aさんは勉強は子どもがやりたい事を見つけるための1つの手段だと言っているのに、
Bさんは「親が子どもに勉強ばかりさせている」と歪めて捉えてしまっています。
Bさんのような話し方をする人に対して
嫌悪感を覚えたことがある方もいるのではないでしょうか。
もし、話し相手が「藁人形論法」を利用してきたら、そのまま話を進めると
反論した側に優位に立たれてしまう恐れがあります。
反論発言だけ聴いた人は、反論された人(先述の会話例ではAさん)を
酷い人だと誤解してしまう可能性すらあるのです。
この「藁人形論法」を意図的に使っている人と、無意識でやっている人がいます。
まず意図的に使っている人は、自分が不利な立場になった時や
相手の信用を下げる時に使う事が多く、操作に近いです。
そして無意識に使っている人は、人の話を最後まで聞かなかったり、
感情で理解して話している場合が多いです。
この論法で反論されると、大変不愉快な思いをします。
このようば場面に遭遇したら、相手の批判している内容が自分の主張と異なる場合、
「それはわたしの主張ではありません。○○について話しています。」のように
早めに本題に戻すと事態の悪化を抑えられます。
しかし、相手が藁人形論法を戦略的に使っていたり、本題に戻そうとしても
その意志が伝わらないなら、距離をとるのが最も得策でしょう。
藁人形論法のような話し方をする人は、どこでも敬遠されてしまいますね。
●氣分一致効果
人間はその時の氣分によって物事を判断したり
記憶したり思い出したりする傾向があります。
ポジティブな氣分の時は、楽しかった時のことを思い出しやすく、
逆に嫌なことがあった時には、過去の失敗やネガティブな記憶が蘇りやすいというものです。
このように氣分によって対象への捉え方が変化することを
「氣分一致効果」と呼びます。
この心理傾向が起きる理由は諸説ありますが、悲しい感情を持つと
それと結びついた頭の中の記憶や脳内で情報が行き交うネットワークが活性するため、
ネガティブな記憶を取り出す処理が促進され、思い出しやすくなります。
しかし、辛い記憶を思い出して落ち込む負のループはずっと続くわけではありません。
「氣分一致効果」とは逆に、ネガティブな氣分の時に普段以上に
ポジティブな記憶が思い起こされることもあり、これを「氣分不一致効果」といいます。
例えば、嫌な出来事の後に悲しく辛い感情になったけど
それを断ち切ろうとお笑い番組を見て笑ったり、スポーツ観戦に熱狂したり、
体を動かして発散したり、友人とお喋りしたり、映画鑑賞、断捨離など
落ち込みのループを断ち切るには、意識的にポジティブなものに
触れたり行動することが有効です。
人間は「氣分一致効果」ばかりに影響されるわけではなく、
「氣分不一致効果」で嫌な事を忘れたり、不快感を和らげたりして
氣持ちを切り替えているのです。
ちなみに「氣分一致効果」はネガティブな感情の方が
ポジティブな感情よりも起きにくいという研究結果が発表されています。
心を健康に保とうとバランスをとり、調整する働きが備わっているのですね。
人間の感情や思考には、大なり小なり思い込みや偏りがあります。
そういう性質が人間にはあると知っておくと、誤判断を防ぐことも出来ます。
情報過多な現代では、洗脳されたり騙されたりしないためにも
心に生じる歪みの傾向を把握しておくことは大切です。
また、人間関係において精神の消耗を防ぐ助けにもなります。
自己否定し過ぎたり不用意に自分を責めたり、迷って時間を浪費しないよう
心を安定させる対策としても、認知バイアスがあると知っておくことは有効であり、
適切な判断の一助として摂り入れることもできます。
山本和佳